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【アラベスク】  第11章 彼岸の空



第1節 朝陽のキラキラ [2]




 もう一度、大きく息を吐く。
 これから向かう唐草ハウス。そこで世話になる同じ歳の少女。施設の者からはシロちゃんと呼ばれているが、本名は田代(たしろ)里奈(りな)。コウの元カノ。今は何とも思ってはいないらしいが、ツバサは気にしないではいられない。
 いっその事、彼女にズバッと聞いてみればよいのだろうか? だが、聞いてみて、実はまだコウに未練があると言われたら、その時自分はどうするのだろうか?
「あぁ もうっ!」
 両手の拳をブンッと振り回す。すれ違いざまに女性が目を丸くしてこちらを振り返ったが、今さらやってしまった行動を無かった事にはできない。
 こんな顔で唐草ハウスに行ったら、逆にみんなに心配させちゃう。笑って笑ってっ! とにかく悪いのは自分なんだから、今日中にはなんとかメールか電話でもして、コウに謝らないと。
 唐草ハウスで里奈の顔を見てもその決心は揺るがないだろうか? と問われれば自信はないのだが、それ以外にこの状況を打破する方法もないだろうと、ツバサは空へ向かって答えるしかなかった。





 雨、あがったんだ。
 里奈は窓ガラスに右の掌を当て、額を擦り付ける。同室の少女はまだ眠っている。確か、両親が離婚し、少女を引き取った母親が入れ替わりたち替わり男を部屋に呼び込むようになり、家に居場所が見つけられずに街をウロつくようになったのだとか。
 真っ赤なメッシュの入った金髪に最初は(おのの)いたが、話せば意外と気が合った。だが、それでも、気兼ねなく付き合えるかと聞かれれば、そうだとは答えられない。やはりどこかで気構えている自分がいる。他人に心開けない自分がいる。
「無理だよ」
 小さく呟く。
 美鶴以外の人となんて、無理だよ。
 それがたとえ親であろうが姉妹であろうが、美鶴ほど心許せる存在はいない。
 窓の外。
 施設を管理する安績(あさか)という女性の手入れする庭が広がる。雨上がりの緑は、朝日を浴びて目に眩しい。
 この庭を抜けて、外に出て、歩いていけば美鶴に会えるのだろうか?
 一度、勇気を振り絞って外に出てみた。ドキドキしながら電車に乗り、美鶴の通う唐渓高校のすぐそばまで出掛けていった。
 だが、美鶴には会えなかった。
 なんでよりによって小竹(こたけ)くんになんて会っちゃったんだろう? あぁ、今は金本(かねもと)くんなんだっけ。
 里奈の挙動にイライラとぶっきらぼうな言葉を浴びせる(さとし)の存在は、里奈にとっては脅威以外の何者でもない。
 あんな人、大っ嫌いっ!
 両手で両の肘を抱き、ブルリと身を震わせる。
 学校へ行ってまた聡と遭遇してしまったらと思うと、もう唐渓へ出向こうという勇気は湧かない。
 でも、美鶴には逢いたい。
 自分が悪いのだ。自分が美鶴に誤解をさせてしまったのだから、自分がなんとかしなければならない。
 そう言い聞かせながら心のどこかでは、いずれ美鶴の方から会いに来てくれるのではないか、などと淡い期待も抱いていた。
 だが、美鶴は一向に来てはくれない。
 こちらから連絡をしてみようにも、里奈は美鶴の連絡先を知らない。美鶴が、中学時代に使用していた携帯を解約してしまったからだ。電話番号などメモリに記憶させるのが当たり前のご時世。美鶴は里奈の携帯の番号など正確には覚えていないだろう。だから里奈の携帯に美鶴から連絡が入るはずはない。
 だが里奈は、美鶴から連絡が来るかもしれないと、そんな期待も持っている。ツバサを介して携帯の番号でも尋ねてくれるのではないかと心待ちにしているのだ。しかしツバサからそのような話もない。
 こっちから電話してみようか?
 そう思って、何度かツバサに美鶴の番号を尋ねようとした。だが、なぜだかタイミングを外してしまう。
 ツバサ、私を避けてる?
 澤村(さわむら)優輝(ゆうき)の件以来、そう思う事がたびたびある。
 頻繁ではない。ツバサは今まで通り里奈と会話もしてくれるし、態度が変化したとも思えない。だが何だろう。なんとなく、違和を感じる時がある。
 私、ツバサを怒らせるような事、したかな?
 ツバサが自分と蔦康煕との仲を気にしているなどとは、里奈にはまったく想像できない。
 ひょっとしてツバサ、私に頑張れって言ってくれてるのかな? 自分で頑張って美鶴と仲直りしてごらんって、応援してくれてるのかな? 黙って見守っていてくれてるのかな?
 なんとおめでたい。純粋で一途で、そしてとても視野の狭い少女。まるで、美しく開花した花びらの中心にチョコンと座っているだけの、無垢で無邪気な彼女の世界。だが、その世界もやはり美しく、決して間違った世界というわけではない。だからこそ澤村優輝は心が惹かれた。
 花びらに腰を乗せる少女には、そよぐ春風ですら嵐のように感じる。
 これはきっと、私に与えられた試練なのかもしれない。
 さらに肘を抱き寄せ、顎を引く。
 自分から美鶴を探しに行かなければ、私はずっとこのままなのかもしれない。







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